2019/07/23

運転をしたいのか、何処か行きたいところがあるのか。

高齢者の自動車事故が取り上げられる。数前から既に話題にはなっていてそれでもまだ話として出てくる。それらの一番の課題は家族が、もう運転をやめよう、と言えない事ではないか。
私自身もいずれ両親に話をしなければならないのだがそのタイミングが難しい。どうしても、まだ大丈夫だろう、という気持ちが勝る。実際にまだ運転をしても良いと私も兄弟も判断している。しかし事故を起こしてからでは遅い。私もどれだけ安全運転を心がけていても事故を起こす可能性はある。私が事故を起こす可能性と両親が事故を起こす可能性とではおそらく両親の方が高い。どこで線引をするかというのは本当に難しい。私は3人兄弟だがそのうち2人が、もう運転をやめさせた方がいいんじゃないか、と判断したらおそらく強行することになるだろう。そんな話し合いはしてはいないが、多分そんなような形で決まるだろう。

父親は20年近く前、高齢者どころかまだバリバリ現役世代の頃に自動車で事故を起こしてからあまり運転をしなくなった。軽自動車に時々乗るくらいで知っている道とか慣れた道しか運転しないし高速道路も、といっても知多半島道路だから高速ではないが、年に1回走るかどうか。その時も一人では乗らない。行きに運転したら帰りは運転しないという徹底ぶり。

父親はこれから自分で運転する頻度を下げ、おそらく自分でも運転に対する自信のようなものを失っていると認識しているので、いつか運転をすることは無くなると思う。

母親は今でも毎日運転している。年に1度か2度、母親の運転する車に乗る。私の判断ではまだ運転しても良いとは思う。だが、部活や習い事などで送り迎えしてもらっていた時と比べるとはるかに運転技術が衰えている。悲しいことに。

これから両親の自動車の運転技術や安全度が上がるとは考えられない。下がっていく一方だ。そうなったときにはどこかのタイミングでいつか言わなければならない。

事故を起こす前に迷惑を掛ける前に、相手がいるものだから、運転が安全で無くなっているから免許を返納しよう。

私にとって両親が家族だから、そう言わなければならない。

何処かに行って何を見たいのか体験したいのか買いたいのか。計画を立てどこに行くかは両親の自由だ。
助手席にでも座ってあそこ行きたい、ここ行きたい。と行き先を決めれば良い。私や他の家族が運転出来ないならタクシーに乗れば良い。
その場所が時間的に距離的に行くのが困難な場所であればあるほど、行った先で元気にパワフルに動き回ってもらわなければならない。移動は誰かに任せて目的地についてからの事に集中してもらえばいいし何処に寄るのかも決めれば良い。

何処に行くかではなく運転そのものが目的ならば、ゴーカートにでも乗ってもらうか、決して誰も乗せずに私有地で誰もいない、相手のいない、閉じられた空間の中で自分だけしかいないところで走ってもらうしかない。